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東京地方裁判所 平成2年(ワ)9808号 判決 1992年7月06日

原告・反訴被告(以下「原告」という。)

堀切佐治子

右訴訟代理人弁護士

山﨑和義

被告・反訴原告(以下「被告」という。)

総合ビル開発株式会社

右代表者代表取締役

茂木金雄

被告・反訴原告(以下「被告」という。)

有限会社住宅流通

右代表者取締役

舘石三千男

右訴訟代理人弁護士

高島謙一

被告両名訴訟代理人弁護士

髙橋正雄

主文

一  被告らは、原告に対し、別紙物件目録一記載の建物について、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

二  被告らは、原告に対し、別紙物件目録二記載の土地について、別紙登記目録二記載の登記の抹消登記手続をせよ。

三  被告らの反訴請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じて被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨

二  被告ら

1  原告は、別紙物件目録二記載の土地から別紙物件目録三記載の土地を分割する分筆登記手続をせよ。

2  原告は、被告らに対し、各五〇〇万円及びこれに対する平成三年一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  原告の本訴請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は、本訴反訴を通じて原告の負担とする。

5  第二項について、仮執行宣言

第二  当事者の主張

(本訴について)

一  請求原因

1 別紙物件目録二記載の土地(以下「本件土地」という。)は、原告の所有であり、その一部である同目録三記載の土地(以下「本件一部土地」という。)の上に同目録一記載の建物(以下「本件建物」という。)が所在する。

2 原告は、山内貞子、山中公子及び島田エミ子の三名(以下「山内ら」という。)に対し、本件一部土地を普通建物所有の目的で賃貸し、(それぞれの先代の時代からの賃貸借を引き継いだものである。)、山内らは、その地上に本件建物を共有していた。山内らは、昭和六三年、渋谷簡易裁判所に原告を相手方として、原告に対して右借地権譲渡の承諾を求める旨の調停を申立て(渋谷簡易裁判所昭和六三年(ユ)第七九号)、平成二年五月一〇日、山内ら(代理人儀同保弁護士)と原告(代理人青木和子弁護士)との間において、次のような条項を含む調停が成立した(以下「本件調停」という。)。原告は、本件調停条項に従って代金を完済し、本件建物の所有権を取得した。

① 本日、山内らは、原告に対し、本件建物及び右借地権を代金六三〇〇万円で売却し、原告は、これを買い受けた。

② 原告は、山内らに対し、右代金六三〇〇万円(各二一〇〇万円ずつ)を同月末日限り支払い、右支払を遅滞したときは、一日につき六万円(各二万円ずつ)の割合による遅延損害金を支払う。

3 本件建物には、山内らから被告らに対する別紙登記目録一記載の所有権移転登記がされており、また、本件土地には、原告から被告らに対する同目録二記載の地上権設定登記がされている。

4 よって、原告は、被告らに対し、本件建物及び本件土地の所有権に基づいて、本件建物につき真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を、本件土地につき右地上権設定登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1及び3の事実は認める。

2 同2の事実は知らない。

三  抗弁

被告らは、平成二年五月三一日、原告との間において、本件建物を代金三〇〇万円で買い受ける旨の売買契約を締結し(以下「本件売買契約」という。)、さらに本件一部土地について次のような地上権設定契約を締結した(以下「本件地上権設定契約」という。)。

目的 鉄骨造建物の所有

存続期間 六〇年

地代 一か月当たり七万円、一年毎の前払

四  抗弁に対する認否

抗弁のうち代金額は否認するが、その余の事実は認める。

五  再抗弁

1 原告は、本件売買契約及び本件地上権設定契約に当たって、被告らから、その代金(対価)として、前記の山内らへの支払に充てるべき六三〇〇万円のほか、少なくとも一億円の支払を受けられるものと信じ、これを当然の前提としていた。

2 ところが、被告らは、原告に対し、平成二年五月三一日、右六三〇〇万円のほか、青木弁護士への本件調停事件の報酬の支払に充てるべき一八〇万円を支払ってくれただけで、右代金につきその余の支払義務はないとしている。

3 以上のとおりで、本件売買契約及び本件地上権設定契約に当たって、原告に錯誤があったところ、原告の右1のような動機は被告らに表示されていたし、原告は右錯誤がなかったならば本件売買契約及び本件地上権設定契約をしなかったことが明らかであるから、右錯誤は要素の錯誤に当たり、右各契約は無効である。

六  再抗弁に対する認否

1 再抗弁1及び3の事実は否認する。

2 同2の事実は認める(ただし、本件地上権設定契約の対価は六〇〇〇万円であった。)。

七  再々抗弁

仮に、原告の主張のような錯誤があったとしても、原告には重大な過失がある。

すなわち、本件建物及び本件一部土地の借地権の価格は、山内らからの買取価格が六三〇〇万円であったことでも分かるとおり、その程度にしか過ぎなかったところ、本件売買契約及び本件地上権設定契約は、原告が「調停で決まった期限までに山内らに六三〇〇万円を支払わなければならないので是非」と懇請したため、これに被告らが嫌々応じたものであったから、原告が右六三〇〇万円のほかに一億円もの支払を受けられるなどと考えるのは、不注意も甚だしい。しかも、原告は、被告らとの交渉に当たって、右六三〇〇万円以外にも支払を受けられるものかどうかなど、全く確認しようとしなかった。したがって、原告には重大な過失がある。

八  再々抗弁に対する認容

再々抗弁事実は否認し又は争う。

(反訴について)

一  請求原因

1(一) 被告らは、平成二年五月三一日、原告との間において、本件地上権設定契約を締結した。

(二) 被告らは、同日、原告との間において、本件土地から本件一部土地を分割する分筆登記手続をする旨を約した。

2 違法提訴

(一) 原告の本訴請求は、事実的、法律的根拠を欠く理由のないものであるが、原告は、そのことを知っていたか、容易に知り得たにもかかわらずあえて本訴を提起した。

(二) 被告らは、原告の違法提訴に対し、本件反訴請求を起こすため、本件訴訟代理人に依頼し、着手金及び報酬としてそれぞれが一〇〇万円ずつ支払う旨を約した。

3 名誉毀損

(一) 被告総合ビル開発株式会社(以下「被告総合ビル」という。)の代表取締役は茂木金雄(以下「茂木」という。)であり、被告有限会社住宅流通(以下「被告住宅流通」という。)の取締役は舘石三千男(以下「舘石」という。)であるところ、本訴訴状及び原告本人の陳述書である〈書証番号略〉には以下のような記載がある。

(1) 茂木と舘石は、本件売買契約及び本件地上権設定契約を締結した平成二年五月三一日には、残代金は翌日原告に支払うと明言していた。

(2) にもかかわらず、翌日、原告が被告総合ビルの事務所に赴いたところ、茂木と舘石は、前日とは全く態度が変わって荒々しく乱暴になっており、弁護士を含む男性四人で女性の原告一人を取り囲んで威圧したうえ、「一晩で七〇〇〇万円もの現金を用意してやったんだ。」とか「担保もとらずに七〇〇〇万円貸しているんだ。」などと荒々しい口調で一方的にまくし立て、原告をして残代金の請求はできないのではないかと思わせた。舘石は、地上権設定契約書の三頁目の部分だけ表に出し、「七〇〇〇万円用意できるのか、用意できなければ印を押せ。」などと強い口調で言った。右契約書中の原告の印影のうち原告名下のもの以外は、茂木が押印した。

(二) 右記載は、全く事実に反し、被告総合ビルの代表者としての茂木及び被告住宅流通の代表者としての舘石の名誉を毀損するものであり、被告らに対する名誉毀損行為となる。

(三) 被告らは、右原告の名誉毀損行為により精神的苦痛を被ったが、右精神的苦痛による損害はそれぞれ四〇〇万円を下らない。

4 よって、被告らは、原告に対し、約束に基づき、本件土地から本件一部土地を分割する分筆登記手続を求めるとともに、不法行為による損害賠償請求権に基づき、それぞれ五〇〇万円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1のうち、(一)の事実は認めるが、(二)の事実は否認する。

2 同2のうち、(一)の事実は否認し又は争い、(二)の事実は知らない。

3 同3のうち、(一)の事実は認めるが、(二)、(三)の事実は否認し又は争う。

三  請求原因1に対する抗弁及び再抗弁並びにこれらに対する認否

本訴における再抗弁(錯誤)及び再々抗弁(重過失)並びにこれらに対する認否に同じ。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一本訴について

一請求原因1及び3の事実は当事者間に争いがなく、同2の事実は、〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によって認められる。

また、抗弁のうち、本件売買の代金額を除くその余の事実は当事者間に争いがなく、右代金額は、〈書証番号略〉によって被告ら主張のとおり三〇〇万円であったと認められる。

二再抗弁について

1  再抗弁2の事実は当事者間に争いがなく、〈書証番号略〉、原告及び被告総合ビル代表者各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件調停事件の平成二年四月一〇日の期日において、「原告は、山内らが借地権を親和建設株式会社に譲渡する(そして、更に同会社が顧客に譲渡する。)ことを承認し、その承諾料として八二〇〇万円の支払を受ける。」ということで双方が基本的に合意し、その旨の調停を来る同年五月一〇日の期日で成立させるという段取りになっていた。なお、調停裁判所が依頼した鑑定人小林眞の鑑定評価書においては、平成元年一一月一八日時点での本件一部土地の更地価格は三億二七〇〇万円、借地権価格は二億二八九〇万円とされていたが、山内ら側では、右借地権の実際の売値は一億三〇〇〇万円位と考えていた。

(二) ところが、原告は、そのころ、兄の紹介で、不動産関係の仕事をしていた岩本一二三(以下「岩本」という。)と知り合い、同人から、「承諾料の八二〇〇万円より多い一億円を取得させてあげるので、山内らから本件建物と借地権をできるだけ安く買い取って、自分の紹介する客に借地権を設定しないか。」という趣旨の誘いを受けたので、岩本の言うとおりにすれば一億円を取得することができるものと考えて、結局は右の誘いに応じ、平成二年五月二日、岩本との間で、本件一部土地につき、「借地契約金(借地権の転貸、譲渡の将来にわたる承諾料を含む。)」二億円、期間二五年間、賃料一か月一坪一〇〇〇円を内容とする借地契約を締結し、その旨の協定書(〈書証番号略〉)を取り交わした。

(三) そこで、原告は、右協定書に従って岩本の紹介する客に借地権を設定することにし、本件調停事件においては、従来の方針を変更して親和建設株式会社への譲渡の承諾の話は断り、改めて自ら本件建物及び借地権を買い取る方向で山内らと代金減額について交渉を重ねた結果、前期請求原因2のとおりの本件調停が成立した。原告としては、岩本との約束どおり二億円であれば、山内らに支払うべき六三〇〇万円及びその他の諸経費を控除しても、少なくとも一億円は取得できると考えて本件調停を成立させたものであり、また、山内らへの六三〇〇万円の支払期限を前記のとおり同月末日としたのは、岩本が同月一五日までには資金を提供できると述べていたからであった。もっとも、原告は、岩本の指示に従って、代理人の青木弁護士には、岩本との間で前記のような約束ができていることは隠し、六三〇〇万円の買取資金は兄が提供してくれる、と嘘を述べていた。

その後、岩本は、原告に対し、予定していた客がだめになったなどと言って約束の実行を延ばしていたが、同月三〇日になって、やっと客が見付かったとして被告総合ビルの代表取締役の茂木を紹介した。なお、同人及び被告住宅流通の取締役の舘石は、岩本らの説明で遅くとも同日中には、本件調停の経過や調停条項の内容を知った。

(四) 翌三一日、被告総合ビルの事務所に、原告、茂木、舘石、青木弁護士、山内らの代理人の儀同弁護士、司法書士及び岩本等が集まった(原告と青木弁護士は岩本から別々に声をかけられた。)その席上、原告と被告らの間で、原告が被告らに対し、鉄骨造建物所有の目的で期間六〇年、地代一か月七万円の地上権を本件土地全体に設定する旨の手書きの地上権設定契約書(〈書証番号略〉)等が作成され、各自署名捺印等をした。次いで、被告らが、原告に代わって、山内ら代理人儀同弁護士に本件調停条項に基づく代金六三〇〇万円を、青木弁護士に本件調停事件の報酬一八〇万円をそれぞれ支払い、儀同弁護士は、本件建物の所有権移転登記手続に必要な書類を被告らに交付した。

さらに、翌六月一日、原告は、被告らの求めに応じて再び被告総合ビルの事務所に赴いたところ、前記手書きの地上権設定契約書とほぼ同じ内容の条項がワープロ印字で仕上げられていた地上権設定契約書(〈書証番号略〉)を茂木から示されて、署名捺印を求められたので、これに応じた。なお、原告と被告らの間で、右の五月三一日か六月一日のいずれかに本件建物についての売買契約書(〈書証番号略〉)も作成された。〈書証番号略〉には、本件建物の代金について三〇〇万円という記載があるが、〈書証番号略〉には、地代の記載はあるものの、いわゆる契約金ないし代金の記載はなく、本件地上権設定契約の対価の額について、原告と被告らとの間で具体的な話し合いがなされたり、合意に達した形跡は全くうかがうことができない。さらに、原告としては、本件地上権設定契約は山内らから返還を受けるべき本件一部土地のみを対象とするものと考えており、原告が署名した売渡し承諾書(〈書証番号略〉の添付書面)にも、その旨明記されていたが、前記のとおり〈書証番号略〉には、本件土地全体を対象としているものと解される記載がある。

(五) 本件売買契約及び地上権設定契約の締結に当たって、原告としては、被告らは岩本が原告に約束したとおり紹介してくれた客であったから、右六三〇〇万円と一八〇万円の合計六四八〇万円及び諸経費を控除してもなお、少なくとも一億円は取得できると信じ切っていたので、六月一日も、被告らから残代金の支払を受けられるものと思って右事務所に赴いていたが、被告らからは、この点については話がなかった。また、原告も、被告らに対し、代金が総額で幾らであるか、その支払時期はいつか等について確認しなかった。

青木弁護士は、本件調停事件における原告の前記方針変更等から、原告及び岩本が何か隠し事をしているのではないかと薄々感じてはいたが、特段詮索はしなかったし、右のとおり同年五月三一日に被告総合ビルの事務所に関係者が集まったときも、同日中に山内らに対して六三〇〇万円の支払を完了しなければならなかったことから、専ら本件調停条項の履行についてのみ関心を持ち、原告と被告らが前記手書きの地上権設定契約書等を作成するのには全く立ち会っていないし、その作成経過も全く見ていなかった。これらの契約書等は、青木弁護士に真相を秘匿していた原告が、同弁護士の座席から離れた目の届かないところで、被告らと協議して作成したものである。

ところが、前記六月一日のやりとりが終わった段階で、原告は、岩本の言を信じていたことが実行されないことに初めて気が付き、急いで青木弁護士に連絡してこれまでの経過をすべて打ち明けた。

2  以上の事実によれば、原告は、本件売買契約及び本件地上権設定契約に当たっては、被告らから、その対価(代金)として、前記の山内らへの支払に充てるべき六三〇〇万円のほかに、少なくとも一億円の支払を受けられるものと信じ、かつ、その支払を受けることを契約締結の当然の前提としていたものと認められる。

ところが、右代金について、被告らが、原告に対し、右六三〇〇万円及び前記一八〇万円以外には支払義務はないとしていることは当事者間に争いがなく、なお、本件売買契約及び本件地上権設定契約において、右合計六四八〇万円を超える対価(代金)の定めがないことは弁論の全趣旨により明らかである。

そうすると、本件売買契約及び本件地上権設定契約に当たり、原告には動機の錯誤があったものといえる。

3  ところで、意思表示の動機が相手方に表示されて法律行為の内容となり、もし動機の錯誤がなかったならば表意者がその意思表示をしなかったであろうと認められる場合には、当該法律行為は要素の錯誤として無効となると解される。

そこで、本件について検討するに、本件売買契約及び本件地上権設定契約の対価が前記六三〇〇万円あるいは六四八〇万円にしか過ぎないとすれば、本件調停条項の約定期日に六三〇〇万円を支払うことが可能になるとしても、原告としては、承諾料等の利益を全く得ることなく、借地人が従来の山内らから被告らに替わっただけであるばかりでなく、右権利の内容が普通建物所有の目的の賃借権から堅固建物所有の目的の地上権に変更、強化されてしまうという多大の不利益を受けることになり、本件調停を成立させた意味が全くなくなるに等しい結果となる。一方、被告らは、前認定のとおり岩本らを通じて本件調停の内容を知っていたのであり、被告らと岩本の関係及び地上権設定契約書に設定の対価の記載が欠けていること等、前記事情を合わせ考えると、被告らは、原告が被告らから六四〇〇万円ないし六五〇〇万円程度の対価を受領して本件土地全体ないし本件一部土地に地上権を設定するとは考えておらず、右金額に加えて更に相当額の支払を受けられるものと信じていることを知っていたものと認められる。

そうすると、原告が、右のとおり、被告らから六四八〇万円のほかに相当額の支払を受けられると考えていたことは、被告らにも表示されていたものといえるし、もし右のような錯誤がなかったならば原告が本件売買契約及び本件地上権設定契約をしなかったであろうことは明らかであるから、右の錯誤は要素の錯誤であって、本件売買契約及び本件地上権設定契約は錯誤により無効である。

三再々抗弁について

確かに、原告が、被告らには代金の総額を全く確認しないまま、前記六三〇〇万円のほかに一億円もの支払を受けられるものと信じていたのは、やや軽率といわざるを得ないが、しかし、本件一部土地の借地権価格が右六三〇〇万円程度にしか過ぎなかったという被告らの主張が当を得ていないことは、前認定事実(鑑定人の意見が二億円以上であったことは措くとしても、実際にも一億三〇〇〇万円位で売却できるということであったし、いったんは承諾料として八二〇〇万円を取得するという話もまとまっていた。)からして明らかであるし、前認定の経過に照らすと、原告が右六三〇〇万円のほかに相当額の支払を受けられるものと信じたという限度においては、原告に重過失があるとはいえず、他に、原告に重過失があったと認めるに足りる証拠はない。

かえって、前記のとおり本件地上権設定契約書(〈書証番号略〉)には、本件一部土地のみならず本件土地全体について地上権を設定すると解される記載があり、現に本件審理の途中まで、被告らは本件土地全体について地上権の設定を受けたと主張していた(したがってまた、原告はこの点においても錯誤があったと主張していた。)ことに照らしても、本件の契約について、被告らは、不動産業者として当然になすべき必要な説明を原告にしていなかったことがうかがえるのであって、そのことが原告の錯誤を助長させる結果になったことは否定できない。

第二反訴について

一請求原因1について

本件地上権設定契約は、既に判断したとおり錯誤により無効であるから、本件地上権設定契約を前提とした被告らの分筆登記手続請求は理由がない。

二請求原因2について

被告らは、原告の本訴提起は、被告らに対する違法行為である旨主張する。

ところで、訴えの提起が違法となるのは、提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限られる。

これを本件についてみるに、既に判断したとおり、原告の本訴における主張は理由があると認められるから、原告の本訴提起は何ら違法行為にはならない。

よって、被告のこの点に関する主張は理由がない。

三請求原因3について

同3(一)の事実(本訴訴状及び〈書証番号略〉の記載)は当事者間に争いがないところ、被告らは、右記載が被告らの名誉を毀損するものであると主張する。

右訴状等の記載は、民事訴訟における当事者の主張である(当事者本人のいわゆる陳述書もこれに準ずるものとみてよい。)ところ、当事者主義・弁論主義をとる我が国の民事訴訟の下においては、当事者をして互いに自由に忌憚のない主張(攻撃防御方法)を尽くさせることが重要であるから、その弁論活動は一般の言論活動以上に強く保護されなければならないものであり、しかも、民事訴訟が利害の相対立する私人間の紛争解決の場であることから、ときに当事者の発言や主張に相手方の名誉感情を刺激するようなものが含まれるのもある程度やむを得ない面があるのであって、これに鑑みれば、当事者の発言や主張に相手方の名誉を損なうものがあったとしても、それが訴訟における正当な弁論活動と認められる限り、その違法性が阻却されるものと解すべきであり、かつ、その正当と認められる範囲は広いものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記訴状等の記載は、前認定のような本件の契約締結の経過等に照らすと、正当な弁論活動の範囲内にあるというべきである。

なお、原告訴訟代理人弁護士が作成した本訴訴状の記載については、原告本人は当然には名誉毀損の責任を負うものではない。

よって、被告らの名誉毀損の主張は理由がない。

第三以上によれば、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、被告らの反訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大藤敏 裁判官貝阿彌誠 裁判官原克也)

別紙物件目録

一 所在 東京都渋谷区幡ヶ谷二丁目四五番地一、四五番地二、四五番地七

家屋番号 四五番地一の七

種類 居宅

構造 木造セメント瓦・亜鉛メッキ鋼板葺平家建

床面積 96.75平方メートル

二 所在 東京都渋谷区幡ヶ谷二丁目

地番 四五番八

地目 宅地

地積 818.99平方メートル

三 右二記載の土地のうち、北東側の別紙図面「D」として示された303.01平方メートル

別紙登記目録

一 共有者全員持分全部移転登記

東京法務局渋谷出張所平成二年六月一日受付第一六二八四号

原因 平成二年五月三一日売買

共有者 被告ら 持分二分の一ずつ

二 地上権設定登記

東京法務局渋谷出張所平成二年六月一日受付第一六二八五号

原因 平成二年五月三一日設定

目的 鉄骨造建物所有

存続期間 六〇年

地代 一か月金七万円

支払期 毎年五月三一日一年分前払

地上権者 被告ら 持分二分の一ずつ

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